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浦和地方裁判所 昭和49年(行ウ)27号 判決

埼玉県川越市南通町九番一〇号

原告

山田岩吉

右訴訟代理人弁護士

加藤雅友

箕輪勝彦

細田初男

松倉雪夫

山田泰

埼玉県川越市三光町三六の一

被告

川越税務署長

榎本勤

東京都千代田区大手町一丁目三番三号

国税不服審判所長

林信一

右両名指定代理人

高橋郁夫

長沢幸夫

三ツ木信行

被告川越税務署長指定代理人

渡辺克己

鮎沢五春

被告国税不服審判所長指定代理人

山田和男

八木庸一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

1  被告川越税務署長が昭和四八年四月二八日付でした原告の昭和四五、四六年分所得税の各更正及び各過少申告加算税賦課決定(被告国税不服審判所長により取消された部分を除く。以下各年分の「本件更正」「本件賦課決定」という。)を取消す。

2  被告国税不服審判所長が昭和四九年九月一八日付でした原告の昭和四五、四六年分の所得税更正及び過少申告加算税の賦課決定についての裁決(以下、「本件裁決」という。)を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は肩書地において板金工事業を営む白色申告書であり、昭和四五、四六年分所得について被告川越税務署長(以下、被告税務署長という。)に対し、別表一、二各〈1〉記載のとおり確定申告した。

2  被告税務署長は、昭和四八年四月二八日付で原告に対し、別表一、二各〈2〉記載のとおり昭和四五、四六年分の各本件更正各賦課決定をした。

3  そこで、原告は昭和四八年六月一八日被告税務署長に対し、各年分の本件更正、本件賦課決定につき異議申立したが、同年八月二七日いずれも棄却された。原告は同年九月二七日被告国税不服審判所長(以下、被告審判所長という。)に対し審査請求をしたところ、被告審判所長は昭和四九年九月一八日付で原告の昭和四五年分の所得についての更正及び賦課決定の一部を取消して別表一〈6〉記載のとおりとし、昭和四六年分の所得についての更正及び賦課決定に関する審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決はその頃原告に通知された。

4  しかしながら、各年分の本件更正及び賦課決定のうち各年度の総所得金額が確定申告を超える部分(ただし、昭和四五年分については審査裁決で維持された部分に限る。)は、違法な調査手続によるものである上、その金額を過大に認定した違法なものであるから、その取消を求める。その違法事由は次のとおりである。

(一) 被告税務署長は各年分の本件更正、賦課決定をするにあたり被告主張の各日時に原告の住所に臨場の上所得調査手続(以下「本件調査」という。)をしたが、その手続には次の各点で違法がある。

(1) 右手続は、調査の必要性を欠く。(イ)所得税法二三四条は「所得税に関する調査について必要があるとき」にのみ質問検査ができる旨規定し、(ロ)申告納税制度をとる所得税においては、納税義務は第一次的には納税者によって確定されるもので、課税庁による更正は第二次的、補完的なものであり、(ハ)質問検査権の行使が権力作用で、罰則によって担保されていること等を考慮すると、(ニ)所得調査のための質問検査の必要性とは一般的な必要性のみでなく、被調査者を特に調査すべき個別的かつ合理的な必要性があることを要すると解すべきであって、(ホ)「連年調査をしていない」との事情だけでは右調査の必要性があるとはいえない。本件は原告に質問検査権を行使するにつき右のような具体的必要性がなかったのであるから、右所得調査手続は違法である。

(2) 本件調査は調査理由の告知を欠く。所得税に関する調査は、犯則調査、滞納処分のための調査などと異なり、本来秘密が守られるべき帳簿の記載内容を開示するのであるから、あらかじめ被調査者に対し、納得させるに足りるだけの調査の個別的、合理的な必要性を具体的に告知しなければならず、それが質問検査権行使の要件であると解すべきである。

しかるに、原告に対する前記調査ではこのような具体的理由の告知がなされていない。

(3) 前記調査は違法な反面調査で裏づけている。所得税法二三四条一項三号のいわゆる反面調査は、直接の納税義務者ではなく法定の資料提出義務を負わない者に対する調査であるから、同項一号の納税義務者に対する調査では課税標準、税額等が把握できない場合に限り許されるものと解すべきであるが、本件では右の要件がないのに行われ、それを売上金額認定の裏づけとして用いられたものである。

(二) 推計の違法について

(1) 推計の不要性

原告は被告税務署長の質問検査に際し、調査の具体的必要性を告知すべきこと、これを告知しないことは手続的適正を欠くので調査に応じられないと述べ、調査期日の各発言内容をテープレコーダーで記録し、原告の補助のため民商会員を立会わせたが、原告の方から被告税務署長の質問検査を拒否したことは全くなく、したがって、被告税務署長は調査を尽したものということができず、実額で課税できたのに推計によった点で推計の要件を欠く。

(2) 推計方式の非合理性

被告税務署長主張の推計方法は、次の点で合理性を欠く。

(イ) 被告税務署長は、原告の売上金額、算出所得金額を同業者の差益率、算出所得率を用いて推計により主張するが、同業者一二ないし一六名については、A・B・C等の符号で示し、その氏名、住所等を明らかにしないため、原告には右同業者が実在しているか否か、営業内容、従業員数、経営規模、立地条件等が不明であり、その同業者が原告と著しく収益を異にするかどうか判断できない。これは原告による反証の機会を事実上奪うものであって、当事者衡平の原則ないし訴訟における信義則に反し、許されず、推計はそのような違法な証拠に基づくものである。

(ロ) 推計課税は実額に近似する方法として同業者率方式をとるべきであり、これをとりえない特段の事情がある場合に実調率方式、悉皆調査方式などにより、この場合もできる限り同業者との類似性を考慮すべきであるが、本件では、同業者率方式をとりえない特段の事情がなかったのに悉皆調査方式が選択され、その選定した同業者の係数にかなりの較差があり、その瑕疵は統計的手法によっても除去されない。

(三) 昭和四五年分所得計算の根拠は、別表三の原告主張欄記載のとおり、その結果、課税対象所得は金七〇万六、五四四円である。右計算基礎のうち被告税務署長の主張と異なる点は次のとおりである。

(1) 総収入金額金六〇一万三、五〇〇円

その内訳のうち被告税務署長主張と異なるものは、別表五総収入金(売上金)差額表の同被告主張のとおりで同被告主張の各工事はいずれも当初原告が請負ったが、原告の体調が悪かったり、業務の都合、請負不能(三光式機械を所有していなかったため)などのため、他の業者に下請負させ、受領代金を全額下請負業者に支払い、その分の収入金額は零として算定すべきところ、被告税務署長はこれを売上金額及び総収入金額にこれを計上した。

(2) 一般経費金一二二万二、八一九円

その内訳は別表六の一般経費の原告主張欄記載のとおりである。右額は実支出額であり、それが同業者平均より多かったとしても、原告としてはその額を支出しないかぎり顧客を維持できなかったため、やむをえず支出したものである。

(3) 特別経費金七四万二、三一五円

その内訳は別表三昭和四五年分所得計算表の原告主張額欄記載のとおりであり、そのうち被告税務署長主張額と異なるのは(イ)外注費内訳のうち高橋恵知翁に対する分は金一七万一、〇〇〇円であり、(ロ)貸倒金二九万〇、四七五円、その内訳は安田工務店金八万八、八三〇円、島村工務店金二〇万一、六四五円で、いずれも工事代金債権であるが、各倒産し支払を受けられないことが確定したものである。

(四) 昭和四六年分所得計算の根拠は別表四の原告主張欄記載のとおりであり、その結果、課税対象所得は金八八万三、二五六円である。右計算基礎のうち被告税務署長の主張と異なる点は次のとおりである。

(1) 総収入金額金五七九万七、〇七〇円

その内訳のうち被告税務署長主張と異なるものは、別表五総収入金(売上金)差額表の昭和四五年分原告主張のとおりで、同表被告主張欄記載の各工事はコーエー分を除き(コーエーとは全く取引がない。)請負ったが、前記(四)(1)と同様の事情から同一金額で下請負させその支払を了しており、収入は零である。

(2) 一般経費金一四六万八、〇四〇円

その内訳は別表六の一般経費昭和四六年分の原告主張のとおりである。右額は実支出額であり、それが同業者平均より多かったとしても、原告としてはその額を支出しないかぎり顧客を維持できなかったため、やむをえず支出したものである。

(3) 特別経費金二九万七、七〇〇円

その内訳のうち被告税務署長主張と異なるのは、外注費内訳のうち岡田利一分の金一五万一、九六〇円である。

5  被告審判所長のした本件裁決は、以下のとおり固有の瑕疵がある。すなわち、原告は、本件審査請求にともない、昭和四八年一二月七日、国税通則法九六条二項に基づき被告審判所長に対し原処分庁提出にかかる書類その他の物件の閲覧請求をしたところ、被告審判所長は所得調査書等要約書なるものを閲覧させたのみで、違法にも原告の右閲覧請求を拒否した。

6  よって、原告は、被告税務署長に対し本件各更正及び賦課決定の取消を求め、被告審判所長に対し本件裁決の取消を求める。

二  原告の請求原因に対する被告税務署長の主張

1  原告の請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は争う。被告税務署長が原告に対してした昭和四五年分、昭和四六年分の本件更正、賦課決定はいずれも適法である。その事情は次のとおりである。

(一) 調査手続の適法性

各年分の本件更正、賦課決定の手続として、被告税務署長は所属係官をして昭和四七年九月二六日、同年一〇月二日、同年同月二三日、同年同月二四日、同年一一月二日の五回にわたり原告方に臨場の上本件調査をさせたが、その手続に何らの違法性もない。

(1) 調査の必要性

(イ) 調査の一方法として対外的に課税の証拠資料を蒐集し、確認する必要があることにかんがみ、その実効性を担保するため所得税法二三四条は質問検査権を規定している。その法意は、その調査の目的、調査すべき事項、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の事情にかんがみ、客観的に必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として同条一項各号規定の者に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他その関連のある物件の検査を行う権限を認めたものである。

(ロ) 申告納税方式では、納付税額は原則として納税義務者の申告によって確定するが、最終的には税務署長に留保され更正がないことを条件に、その申告額が承認されるのにすぎず、原告が確定申告に基づく税額を納付したからといって納付税額が確定するものではなく、税務署長は、常に納税義務者がその義務を履行したかどうかを調査する職責を有し、その調査の結果過少申告であることを発見したときは、申告税額を更正しなければならない。このように、税務官庁には、所得税につき更正、決定等種々の処分の権限が付与されており、その処分をするために所得に関する事実認定と判断が要求され、これに必要な範囲内で職権調査が行われる。

(ハ) 国税犯則取締法に定める質問検査は具体的な犯罪の嫌疑がある者について刑事責任追及のためにその告発を目的として行使されるが、所得税法二三四条の質問検査はこれと異なり、適正な納税の実現を確保するために認められ、国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益目的を実現するために行われるもので、収税官吏にその実効性のある質問検査制度の運用が期待されているのである。したがって、(ニ)所得調査のための質問検査は、過少申告の具体的嫌疑のある者に限らず、申告所得金額の算定根拠が不明確でこれが正しいかどうか検討する必要がある者に対してもまた許される。

これを本件についてみると、いわゆる白色申告書である原告の昭和四五年分及び昭和四六年分の各確定申告による事業所得金額が同業者に比して低く、昭和四五年以後も調査を行っていなかったため、被告税務署長は原告の各年分の所得につき、所得税法二三四条により調査の必要があった。

(2) 調査理由の告知

質問検査の範囲、程度、時期、場所等はもとより調査理由の告知など実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられている。

本件で、法的には右のように必ずしも調査理由の告知を要しないが、次のようにその告知もしている。すなわち、川越税務署係員(以下「税務署員」という。)は、本件調査にあたり、原告のした昭和四五年分、昭和四六年分の確定申告の所得算定根拠について調査したいので備付の帳簿書類を提示するよう求め、更正に対する異議手続での調査では更正理由の概要(仕入、売上、必要経費、所得)をも説明した上、調査しようとしたが、原告は帳簿をつけていないが工事代金請求書、領収書はある旨述べ、その提示を求めたところ、忙しいとか、調査する理由を具体的に示せなどと述べて調査に協力せず、帳簿書類を提示しなかった。

(3) 反面調査の適法性

被告税務署長のした反面調査は適法である。税務署員は本件調査の際原告に対し売上金額の基礎となる請求書の提示を求めたが、拒否されたのでやむなく、取引先の調査をし売上金額認定の資料とした。なお、反面調査は、その範囲、方法等が相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り税務署員の合理的な選択に委ねられているところ、本件ではその限度を越えるものではなく、適法である。

(二) 所得額推計の適法性

(1) 推計の必要性

本件調査にあたり殆んどの場合民商会員が同席して調査を妨害し、原告も第五回目の臨場の際ようやく昭和四六年分の収支計算書を提示したものの、その基礎となった請求書、領収書などを一切提示せず、税務署員は結局調査の目的を達することができず、これ以上原告に対する調査を行っても実額によって所得金額を算出することは不可能であると認め、やむなく被告税務署長の調査によって判明した原告の仕入金額を基礎に総収入金額、算出所得金額を推計して、原告の所得金額を算定した。したがって、所得を推計によって算定することの要件を充足している。

(2) 推計方式の合理性

被告税務署長のした所得額推計は合理的であった。

すなわち

(イ) 推計にあたり抽出した同業者は、原告と同様に、川越税務署管内において板金加工業を営む個人のうち昭和四五年中において歴年継続して事業を営んでいる専業者で年の中途に開廃業、転業等業態の変更がなく、昭和四五年分青色申告書を提出しており、税務署長より受けた更正処分に対し不服申立を行わず、係争中でない者(昭和四五年分一二名、昭和四六年分一六名)を抽出したものであるから、実名を明らかにしなくても、原告の反証に支障がないとみられる。

税務署長が職務上知りえた秘密を守ることは法律上義務づけられているところ、同業者の売上金額等は各同業者の秘密にあたるから、その同業者の氏名、住所と共にこれを明らかにすることは許されない。原告は自らの帳簿書類によって、自己の実際の所得金額を主張立証することができるから、同業者の名称等を明らかにしないことが、訴訟上原告を不利にするものともいいえない。

(ロ) 同業者の調査方法には、同業者率方式(当該納税者と業態、事業規模、立地条件等が個別的な類似性を認められる者の平均値による。)と実調率方式(管内の白色及び青色申告者の実地対象者を全部収集した平均値による。)とが一般に行われているが、本件では原告が調査に協力しないので、その営業実態様等を知りえず個別的類似性のある同業者率方式によることができず、実調率方式によったが、統計上標準偏差から限界値を求める方法により真の平均値を得るのに有利な係数の上限及び下限を求め、その範囲内にある係数のみに基づいて平均値を計算する統計的手法を用い異常値を除外したので、その推計方法は合理的である。

(三) 昭和四五年分所得計算の根拠は、別表三の被告税務署長主張欄記載のとおりであり、その結果課税対象所得は、金二〇五万八、八八〇円で、右計算基礎のうち原告主張と異なる点は次のとおりである。

(1) 総収入金六六八万四、四四三円

その内訳のうち原告主張と異なるものは、別表五総収入金(売上金)差額表の被告税務署長主張のとおりである。原告がその内訳として提出した複写式請求書控綴(甲第二九ないし第三五号証)には多数の請求書控用紙が切離されており(三〇〇枚存在すべきところ二〇二枚しか残存せず、九八枚が切離されている。)右請求書控に残っていない工事として、昭和四五年分合計金六九万九、四〇〇円は少くとも請負い、その代金を取得している。また、原告は三光式瓦棒屋根工事も他の工事で施工している。

(2) 一般経費金九五万三、二〇一円

前記実調率方式による同業者平均によると、一般経費率は一四・二六%(平均差益率五二・二五%から平均算出所得率二七・九九%を差引いたもの)で、これを総収入額に乗ずると、右額となる。その内訳について述べると次のとおりである。

(イ) 諸会費のうち鈴木建設分は、親睦を目的とした鈴睦会の年一回の旅行費用で、事業活動と直接関係がないから、必要経費にあたらない。吉川会、おおとり会も同様親睦会費で必要経費ではない。

(ロ) 交際費のうち

(a) 旅行会費は、諸会費の中で賄われ、実際に支出したとしても不足額の金二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円程度である。

(b) 接待費

旅行の際には鈴木建設がそのバスの中での飲食費を支払っており原告は支出していない。伊勢島酒店に対するみそ、しようゆ、ソースは家事関連費であり、家庭で得意先を接待した費用ではない。

(ハ) 車輌費のうち修繕費を毎月計上しているのは実際の支出に合致せず過大である。

(ニ) 消耗品のうちガソリン代昭和四五年分一八万円は三六五日休まず走行したとしても、一リットル五五円で一〇キロメートル走れるから一日平均八九キロメートル走行したことになり過大である。作業衣等の中には、原告の背広購入代金も含まれ家事関連費で必要経費ではない。

(ホ) 水道光熱費もその使用量から推測して過大である。

(3) 特別経費金七四万二、三一五円

右内訳のうち原告主張と異なるのは次の点である。

(イ) 外注費金四一万一、一〇〇円

その内訳のうち原告主義と異なるのは高橋恵知翁に対する外注費であり、金四万九、〇〇〇円を支払ったが、右以外の工事代金を支払っていない。

(ロ) 貸倒金 零

原告主張の各貸倒れ金はいずれも存在せず、島村武次については昭和四五年一二月三一日以前はその支払資力が十分で安田業夫については自己の所有家屋敷地を昭和五〇年に取得していることからみて資力は十分であった。

(四) 昭和四六年分所得計算の根拠は、別表四の被告税務署長主張欄記載のとおりであり、その結果課税対象所得は金二一五万六、八八六円で、右計算基礎のうち原告主張と異なる点は次のとおりである。

(1) 総収入金六五七万七、二七二円

内訳のうち原告主張と異なるものは、別表五の総収入金(売上金)差額表の被告税務署長主張のとおりである。売上金については、昭和四五年分と同様に、請求書控の残っていない工事として、昭和四六年分合計金五七万一、九六〇円存在する。

(2) 一般経費金九三万六、六〇四円

前記実調率方式による同業者平均によると、一般経費率は一四・二四%(平均差益率五三・八一%から平均算出所得率三九・五七%を差引いたもの)で、これを総収入額に乗ずると右額となる。その内訳についての主張は次の点を除き昭和四五年分と同一である。消耗品費のうちガソリン代は昭和四六年分金二〇万一、〇五六円で同様に計算すると一日のの一日の走行距離は約一〇〇キロメートルに達し過大である。

(3) 特別経費金二八万〇、七四〇円

内訳の外注費のうち岡田利一分は金一三万八、〇〇〇円である。

三  原告の請求原因に対する被告審判所長の主張

1  原告は、昭和四八年一二月七日被告審判所長の担当審判官(以下、担当審判官という。)に対し、本件各決定の理由となった事実を証する書類その他の物件の閲覧を請求した。これに対して、担当審判官は同四九年一月一〇日原告に対し、次の(1)ないし(5)の書類を閲覧させたが、所得調査書類の閲覧はさせなかった。

(1) 昭和四五年分及び同四六年分所得税の確定申告書

(2) 同更正、加算税の賦課決定決議書

(3) 同異議申立書

(4) 同異議決定決議書

(5) 同所得調査書等要約書

2  担当審判官が右以外の所得調査書類の閲覧を拒否した理由は、右書面に第三者の営業内容や行政上の秘密に関する差益率所得率等の事項が記載されていたことによるものであるから、右閲覧を拒否するにつき正当な理由があった。のみならず、担当審判官は右書面の閲覧に代えて、右書面のうちの処分の理由となった事実の部分をとりまとめた所得調査書等要約書を作成の上、原告に閲覧させ原告の防禦権の行使に不都合を生じないよう取り計らったのであるから、本件裁決手続に何ら瑕疵はない。

第三証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の本件課税処分の経緯等に関する事実は当事者間に争いがない。

二  原告は昭和四五年分、昭和四六年分の各本件更正及び賦課決定は本件調査手続が違法であるから各処分の取消を求める旨主張する。

1  原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第一三、第一四号証、証人田迎武、同大竹春二の各証言、原告本人尋問の結果(但し、一部認定に反する部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  被告税務署長の部下である税務署員は原告の昭和四五年分及び同四六年分の所得税の調査のため昭和四七年九月二六日以降五回(同日のほか同年一〇月二、二三、二四日、同年一一月二日)にわたり原告宅に臨場して原告に対し、原告の昭和四五年分、昭和四六年分の確定申告による所得について調査をした。右調査をするに至り調査の際告知した理由は、原告の申告した昭和四五年分、昭和四六年分の各所得が他の同業者に比較して低額であり、従前まだ当該年度の所得調査をしていなかったため、所得算定基礎の証拠資料を検査し検討する必要があったためである。税務署員は本件調査にあたり原告に対し、右各年度の各所得算定の基礎となった原告の備付けの帳簿、請求書、領収書などの証拠書類等の提示を求めたが、最初の臨場の際には、原告は在宅したものの忙しいから後日にしてくれと言われて帳簿書類の提示を受けることができず、 その後の臨場の際には、民商会員の同席の上、調査理由を個別的具体的に特定の上告知しないかぎり帳簿書類を提示できない旨述べて調査を拒否し、第五回目の調査では、わずかに昭和四六年分の収支計算書を示しただけで、帳簿書類等を提示しなかった。

(2)  原告は、その後各本件更正等の異議申立審理のため税務署員が臨場調査した際に、更正の理由を具体的に説明した上帳簿書類の提示を求めたのに、原告は各本件更正等に抗議するとともに、民商会員の立会などを要求し、帳簿は民商に預けてあると述べて、帳簿書類の提示をしなかった。

(3)  そこで、被告税務署長はやむなくそのころ原告の工事注文者である別表五記載の者に対し、原告の売上高に関しいわゆる反面調査を行いその金額を認定した。

一部右認定に反する原告本人尋問の結果(第一回)の一部は信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

2  原告は、所得税調査のための質問検査については被調査者を特に調査する個別的合理的必要性のあることが適法要件であるが、本件調査ではその要件を欠き違法である旨主張する。

しかしながら、(1)所得税法二三四条一項は、「所得税に関する調査について必要があるときは、次に掲げる者に質問し又はその事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる。」と規定するが、その法意は、税務職員がその調査の目的、調査事項、申告の体裁内容、帳簿類等の記入保存状況、相手方の営業形態等諸般の具体的事情にかんがみ客観的な証拠を蒐集する必要があると判断した場合に、同条一項各号掲記の者に対して質問し、又はその事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる旨定めたものであり、調査の必要性の判断はその税務職員の自由裁量に任されているものと解すべきである。したがって、その裁量が濫用にあたる場合を除いて、調査の必要性の判断が違法となることはないところ、前記認定事実によると、被告税務署長の本件調査の必要性についての判断は何ら裁量権の濫用はない。(2)白色申告者の申告は、青色申告者の申告の場合と異なり、申告納付税額が原則的に確定せず、税務署長の更正が原則的に考慮される場合であるから、税務署長は通常申告所得内容についてこれを調査する必要性が肯認されるのであり、特段の事情を要しないものということができる。したがって、白色申告者である原告に対し被告税務署長が本件調査をする必要性があるとすることに特段の事情も要しない。(3)質問検査につき罰則(所得税法二四二条八号)をももって強制しているのは、所得の適正な把握による正当な課税を実現するためであり、そのことによって納税義務の適正な履行が期待されるのであって、過大な賦課により納税義務者の権利を侵害することを意図して行われるものでもなく、また、その侵害の結果を招くおそれがあるわけではないから右罰則の存在をもって、調査の必要性を制限的に解釈する根拠とすることは相当ではない。(4)調査は税務署員の載量により行われること前記のとおりであって、所得算定の根拠につき概括的な調査の必要があれば違法ではなく、その算定基礎の具体的数額につき個別的な疑問や合理的な調査の必要性がなければ調査をすることができないものではない。(5)従前引続いて調査が行われなかったというだけでは未だ同法二三四条にいう「必要があるとき」に該らないこと原告所論のとおりであるが、本件調査理由は前記認定のとおり所得額が同業者に比較し低額であることが主な理由で従前調査をしていないことは付随的理由であるのにすぎない。したがって、この点の前記原告主張は失当である。

3  原告は、税務職員は所得調査に際し調査の個別的、具体的な理由を告知しなかった違法がある旨主張する。

しかしながら、税務職員が所得の調査を行うにあたり調査理由を概括的に告げれば足り、それを個別的、具体的に述べなくても適法であることは前記のとおりであり、本件においては、前記二1認定のようにその理由を告知しており、それで十分であって適法なものということができ、この点の原告主張は失当である。

4  原告は、所得税法二三四条一項三号のいわゆる反面調査について、同項一号の納税義務者等に対する調査だけでは目的を達せられないことが明白となった場合にのみ許容されるところ、本件調査ではその要件がないのに行った違法がある旨主張する。

しかしながら、反面調査の必要性の認定についても、また実定法上特段の定めがなく権限ある税務職員の自由裁量に任され、その合理的選択に委ねられているのであるから、裁量権の濫用とならないかぎり適法である。本件において、その裁量権の濫用にあたるとの事実を認めうる的確な証拠がないばかりでなく、前記二1認定のように所得金額を実額で算定するのに必要な帳簿書類が提示されず、原告の協力がえられなかったため被告税務署長がやむをえず原告の工事発注者につき反面調査をし、売上金額を確定したものであり、その手続に違法はない。この点の原告主張は失当である。

三  原告は、推計の要件を欠き非合理な推計をした違法があるという。

1  推計の必要性について

税務職員が納税者の所得額を確定するには原則として実額によるべきであり、実額を認定できない特段の事情がある場合に同業者の所得から納税者の所得を推認しこれを課税所得とすることも例外的に許されるものであることは原告所論のとおりである。 しかし、前記二1認定のように原告が調査を拒否した(原告が調査を拒否した場合にあたることは前記各説示のとおりである。)ので、被告税務署長が原告の所得につき同業者の所得から推認するのを例外的に許容される特段の事情があったものというのを妨げない。

2  推計方式について

(一)  同業者の住所、氏名の秘匿が原告の反証の機会を奪ったか否かについてみるのに、被告税務署長が原告の昭和四五年分所得については一二名、昭和四六年分所得については一六名の、各板金業者の所得算定根拠となった売上額、差益額、経費(一般、特別)額等の平均値を用い算出したが、その資料として原告の閲覧に供したのは右各同業者の氏名をA、B、C等の符号によって表示したものであることは当事者間に争いがない。原告は右のように、同業者の住所、氏名を公表しないことが納税者にその反証の機会を封ずることになり違法であるという。右原告のいう反証とは、いわゆる間接反証で、推計所得(税務職員は、この推計額から所得実額を推認し課税所得としているが、その認定する以前の推計した所得)という間接事実の反証をいうものとみられるところ、納税者は本来の証明の対象である所得実額について、保存が義務づけられている帳簿書類に基づき直接その実額を主張し立証して反証を挙げることが容易であり、それが最も効果的であるから、税務職員が前記同様者の住所、氏名を秘匿しても何ら納税者の反証の機会を奪うものではない。本件でもそのことは同様であるばかりでなく、実際に原告は本訴においてその実額を主張立証しているから、被告税務署長が前記のように推計の基礎資料となった同業者の住所、氏名を秘匿したことは、何ら原告に反証の機会を与えなかったことにはならない。

(二)  実調率方式の合理性の有無の点についてみるのに、被告税務署長が原告の所得を推計する方式として、実調率方式(但し、細部の点を除く。)をとったことは当事者間に争いがない。しかし、原告は前記二1認定のように、原告は本件調査を拒否したのであるから、被告税務署長が原告の営業規模、実態を知りえず悉皆調査の実調率方式により原告の各年度の所得を推計したことをもって非合理的であるとすることはできない。しかも、後記四1(七)認定のように、その平均値算定にあたり異常値を切り捨てて算定し、その統計的方法で一層の修正がなされているのであるから、なおさらである。

3  以上のとおりであるから、この点の前記原告主張は失当である。

四  原告は、昭和四五年分の所得は金七〇万六、五四四円であり、それを越える被告税務署長の本件更正賦課決定は違法であるという。

昭和四五年分の所得計算基礎の主張は、原告、被告税務署長ともに、別表三各主張欄記載のとおりであり、そのうち争いのある部分について検討する。

1  総収入金額

原告が昭和四五年中に売上げた金額のうち以下の争点に関する部分は別表五総収入金(売上金)差額表の被告税務署長主張のとおりであることは当事者間に争いがない。原告はこれらの注文を受けた各請負工事をすべて昭和四五年度中に第三者に対し、請負代金額と同額で下請負させ、同年中にその下請負代金全額を支払ったからその分の所得は零であるという。右原告主張に沿う原告本人尋問の結果は、これを裏付けるべき下請負契約書、下請負代金領収書がないのでにわかに信用し難く、他に右主張事実を認めることのできる的確な証拠はない。したがって、この点の原告主張は理由がなく、各代金額はそれぞれ争いない受注額となる。もっとも、右合計額は金八六万二、七九〇円となり、別表三の争いのある額金六七万〇、九四三円を越えるけれども、少くとも売上金額を被告主張の金六六八万四、四四三円とするのを妨げるものではない。

2  一般経費

(一)  諸会費

証人菊池美代子の証言から成立が認められる甲第二号証、成立に争いのない乙第一九号証(但し一部認定に反する部分を除く。)、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和四五年分諸会費として別表六認定欄記載のとおり支出したこと、鈴木建設、吉川会、おおとり建設はいずれも原告がこれらの企業から下請負をしており、各企業ごとに下請負らが集って結成された団体があり、原告はこれに加入しており、通算で年八、九回旅行をし、その費用として各会費が支出されているがこれに加入しなければ事実上は下請負の注文を受けられず、右会費は個人的親睦の趣旨よりは事業上必要な経費とみられることが認められ、一部右認定に反する乙第一九号証の一部は信用しえず、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  交際費

(1) 接待費は争いがあるが、前記甲第二号証、原告本人尋問の結果から各成立が認められる甲第二五号証の一ないし三四、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は注文をとる際その他に手みやげを注文主などに贈り、料理飲食店や自宅などに関係業者を招待したりして、事業上必要な接待を度々行っていたが、そのうち自宅での接待費は年間数万円(昭和四六年分は甲第二五号証の一ないし三四の合計額金三万二、四一八円以上)を要していることが認められる。その数額については領収書が未提出で明らかではなく、右甲第二号証では月間金二万五、〇〇〇円、年間金三〇万円を計上するが、原告の経営規模からみて右額は過大であり、右自宅接待費額などから推測すると、接待費は多くても原告主張額の約三割強減の年間金二二万円を越えないものと推認できる。

(2) 旅行会費についてみると、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、前記(二)の旅行の際に原告が酒食代として若干の金員ずつを支出していることが認められるが、その領収証等がなく、数額が明らかではなく、その趣旨内容、各会費額からみて多くても一回金五、〇〇〇円ずつ八回分金四万円を越えないものと推計するのが相当である。

(三)  車輌費のうち修繕費

原告本人尋問の結果(第一、二回)によると、トラック及びバイク各一台を業務用として使用しており、相当年数使用しているため修繕費がかなりかかっていることが認められるが、その領収書がなく、数額を確定できない。後記の昭和四六年分修繕費が金四万〇、四二〇円であることからみて、昭和四五年分もこれと同程度の金四万円と推計するのが相当である。

(四)  消耗品費

(1) ガソリン代

ガソリン代の原告主張額年間トラックにつき金一八万円、バイクにつき金二万四、〇〇〇円を認めうる証拠はなく、原告本人尋問の結果(第一回)によると、殆んど毎日のように東京まで往復していた(走行距離約六〇キロメートル)ことが認められるので、これと被告主張のような計算で算出した年間毎日一日当り約九〇キロメートル(原告主張額による場合)とを照し合わせて考えると、ガソリン代は多くても、その約三分の二に当る年間トラック金一二万円、バイク金一万六、〇〇〇円を越えないものと推認するのが相当である。

(2) 作業衣等

原告本人尋問の結果(第二回)によると、年間金一〇万円とする計算額には、その年度に新調した原告個人の背広の代金六万円も含んでいることが認められ、背広は個人の消費のための生活費用に属し、事業の必要経費にあたらないので、これを差引いた金四万円が年間作業衣等の額である。

(五)  水道光熱費

原告本人尋問の結果(第一回)によると、昭和四五年分水道光熱費の領収書はないが、計算額の一部に家計費分を含むとしてもその殆んどが事業の必要経費であることが認められ、昭和四五年分住居、光熱費は一八歳男子の場合月額金四、六一〇円要したこと(昭和四七年版物価と生計費資料一四三頁による。)をも合わせ考えると、水道光熱費は年間金一万五、〇〇〇円と推認するのが相当である。

(六)  一般経費中その他の費目の金額については、前記甲第二号証、原告本人尋問の結果から別表六の昭和四五年分各該当欄記載のとおりであることが認められ、右各認定事実によると、別表六のとおり、一般経費の合計額は金九五万二、三一九円と推計でき、この点だけをとってみても、すでに、被告税務署長の一般経費の推計額金九五万三、二〇一円はこれより若干多いが近似し、推計が適法であるということができる。

(七)  しかし、被告税務署長は、一般経費額を、総収入額に、同業者実調率平均による平均差益率五二・二五%と算出所得率三七・九九%との差額を乗ずる方法で推計しているので、この点について検討する。

成立に争いのない乙第二号証、証人矢亀勲の証言から各成立が認められる乙第四、第六、第八、第一〇号証、証人岡庭安彦の証言から各成立が認められる乙第三号証の一ないし五、及び証人矢亀勲、同岡庭安彦の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 関東甲信越国税局長は被告税務署長に対し、その管内に事業所を有する板金工事業を営む個人の青色申告者で歴年事業を継続しており、更正処分を受け、これに対し不服申立を行い係争中でない者全員の売上金額、差益金額、差益率(小数点三位以下切捨)、算出所得金額、算出所得率等について報告するよう通達したこと、被告税務署長が右通達に従い調査した結果、右抽出基準に該当した同業者は、昭和四五年分については一二名(同四六年分については一六名)であり、その青色申告決算書記載の売上金額等により「同業者調査表」(乙第三号証の二ないし五)を作成して報告した。右各調査表記載の売上金額等の平均による差益率は昭和四五年分が五三・九三%(昭和四六年分が五三・六五%)、算出所得率は昭和四五年分が三七・九九%(昭和四六年分が三九・五七%)となる。

(2) 右平均差益率算出の基礎となった者は原告の事業所のある埼玉県川越市及びこれに隣接する富士見市、坂戸市、上福岡市、三芳町、日高町、毛呂山町、鶴ケ島町に事業所を有する板金工事業を営む個人の青色申告者で、その抽出について恣意の介在する余地がなく、同業者の各青色申告決算書の記載によったものである。

(3) 同業者の差益率の算定方法は、統計学上一般に認められている標準偏差から限界値を求める方法により、真の平均値をうるのに有効な係数の上限及び下限を求め、その範囲内にある係数のみに基づいて平均値を計算し異常に高率また低率の値を排除した。

以上のとおり認められる。

もっとも、原告は原告の差益率が低い理由として、本件更正に対する異議の審理の際、被告税務署長所部の職員から開示された同業者九名は、原告に比して営業規模が大きく、体育館等の鉄骨工事を扱っているが、原告は右のような大工事に必要な三光式瓦棒葺機を持たず、したがって大工事を受注できない旨供述するが、右供述は前記乙第一六号証の一、第一七号証の一に照らしにわかに信用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、被告税務署長のした一般経費推計の方法は合理的であり、その結果得られた費用額金九五万三、二〇一円が前記のように実額を直接推認する方法によった別表六の合計額金九五万二、三一九円に僅少の差をもって近似し、適法な推計であるといえる。

3  特別経費

(一)  外注費

原告主張額の高橋恵知翁分金一七万一、〇〇〇円に沿う甲第五ないし第七号証があるが、証人矢亀勲の証言によると、右各書証は原告の義兄高橋が原告の求めに応じて事実を調査しないで作成の上交付したものであることが認められるから、右書証は信用し難く、他に右主張額を認められる証拠がない。そればかりでなく、証人矢亀勲の証言から成立が認められる乙第四、第五号証、同証人の証言を総合すると、高橋は昭和四五年一月三一日に朝霞市内のドライブインの屋根葺工事につき原告から金四万九、七〇〇円を受領しているが、これ以外に原告から外注工事代金を受取ったことはないことが認められる。

(二)  貸倒金

原告は、島村武次に対する工事代金債権金二〇万一、六四五円、安田業夫に対する工事代金債権金八万八、八三〇円合計金二九万〇、四七五円が取立不能となったので、貸倒金の処理をした旨主張するがこれを認めることのできる的確な証拠はなく、かえって、各成立に争いのない乙第二六ないし第二八号証によると、島村武次は原告に対し、工事代金債務金四〇万一、六五四円の債務を負担していたところ、昭和四六年五月一二日約束手形二通合計額面金二〇万円を振出交付し、その後残金全額を支払済であること、安田業夫が現在なお不動産(川越市大字大獄新田字朝日野三五六番一〇宅地八三・八四平方メートル、同所家屋番号三五六番一〇居宅木造セメント瓦葺二階建一階四〇・一五メートル二階三〇・六三平方メートル)を所有し、右工事代金債務金八万八、八三〇円を支払う資力を有していることが認められるので、前記貸倒金の原告主張は失当である。

4  以上のとおりであるから、原告の昭和四五年分所得額を金二〇五万八、八八〇円と推計した被告税務署長の本件更正及びこれを前提とした賦課決定に何らの違法性はないものであり、この点の前記原告主張は失当である。

五  原告は、昭和四六年分の所得は金八八万三、二五六円であり、それを越える被告税務署長の本件更正賦課決定は違法であるという。

原告及び被告税務署長の所得算定根拠は別表四記載のとおりであり、その争いのある部分についてのみ検討する。

1  総収入金額

別表五の総収入金(売上金)差額表のうち昭和四六年分被告税務署長主張欄記載のとおり各売上があったこと(但し、コーエー分を除く。)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二四号証弁論の全趣旨から成立が認められる乙第二五号証を総合すると、コーエーから原告に対し別表五記載の日時に各金額が支払われたことが認められる。原告は右各売上につきそのころ第三者に対しそれぞれ同一金額で下請負させそのころその支払を了し、収入は零であるというがこの主張事実を認めることのできる的確な証拠がない。もっともその合計額は別表五のとおり金一〇一万〇、六八〇円となり別表四の争いのある額金七八万〇、二〇二円を越えるが、売上高を同被告主張のように、金六五七万七、二七二円と認定することを妨げるものではない。

2  一般経費

(一)  公租公課のうち印紙代は昭和四五年分と同一額と推認するのが相当である。

(二)  諸会費

前記四2(一)の事実(関係部分)のとおりであるが、さらに前記甲第二号証、原告本人尋問の結果から各成立が認められる甲第一五号証の一ないし一三、甲第一九号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、原告の昭和四六年分の諸会費が別表六認定欄記載のとおりであることが認められる。

(三)  交際費(接待費、旅行会)については前記四2(二)と同様であるのでこれを引用し、昭和四五年分と同一額と推認するのが相当である。但し、上棟式費用は、売上金額減少に伴ない若干減額するのが相当で金七万円と推計する。

(四)  車輌費のうち修繕費

原告本人尋問の結果(第一回)から各成立が認められる甲第二四号証の一ないし四、原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、原告が昭和四六年八月から一二月までの間に営業用車輌の修繕費として大和屋モータースこと小峰亮輔に合計金四万〇四二〇円を支払ったことが認められるが、これを越える部分の支出を認めうる証拠がない。

(五)  消耗品費

(1) ガソリン代についての基本的事情は前記四2(四)(1)と同一であるのでこれを引用する。但し、その額は、売上高が昭和四五年分より減少している事情その他前記認定の各事情からみて前年より若干減少したトラック金一一万円、バイク金一万五、〇〇〇円と推認するのが相当である。

(2) 作業衣等

原告本人尋問の結果(第二回)によると、原告計算額金一〇万円のうちには、昭和四六年度においてもまた自己の背広を新調した代金六万円を含んでいることが認められるのでこれを減額し(生活費で必要経費に当らない)金四万円とするのが相当である。

(六)  水道光熱費

原告本人尋問の結果から各成立が認められる甲第二〇号証の一ないし一一、原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、原告が昭和四六年中に支出した水道光熱費が金三万六、六六二円(甲第二〇号証の一ないし一一の合計額)であることが認められるが、その金額中には原告の生計費部分も含まれているものと推認されるから、原告の事業分としては、昭和四五年分と同額の金一万五、〇〇〇円(その計算基礎については前記四1(五)と同一であるのでこれを引用する。)と推計できる。

(七)  一般経費中その他の費目の金額については、前記甲第二号証、原告本人尋問の結果から別表六の昭和四六年分各該当欄記載のとおりであることが認められ、右認定事実による、別表六のとおり、一般経費の合計額は金九三万五、五〇一円と推計され、その額は被告税務署長の主張額金九三万六、六〇四円より若干少いがこれと近似するものであって、被告税務署長の一般経費の推計には違法性がないということができる。なお、被告税務署長の一般経費の推認方法(総収入額に、平均差益率五三・八一%と算出所得率三九・五七%との差額を乗ずる方法)が適法であることは前記四2(七)の昭和四五年分推計の場合と同様であるからこれを引用する。

3  特別経費のうち外注費

原告は岡田利一に支払った外注費は金一五万一、九六〇円であると主張するが、これを認めうる証拠がないばかりでなく、証人矢亀勲の証言から各成立が認められる乙第九、第一〇号証、同証人の証言を総合すると、原告が岡田に支払った外注費は昭和四六年五月三〇日金一万四、〇〇〇円、同年一一月三〇日金一二万四、〇〇〇円合計金一三万八、〇〇〇円であることが認められる。そうすると、原告のその他の争いのない部分とを合計した昭和四六年分の外注費は金二四万円である。

4  以上のとおりであるから、原告の昭和四六年分所得額を金二一五万六、八八六円と推計した被告税務署長の本件更正及びこれを前提とした賦課決定に何らの違法性はないものであり、この点の前記原告主張は失当である。

六  裁決取消請求について

原告は、原告の被告審判所長に対する原処分庁提出の書類その他の物件の閲覧請求に対し被告審判所長は、所得調査書等要約書なるものを交付したのみで、その余の書類の閲覧を拒否したが、右拒否により原告は十分な攻撃防禦の手段を封じられたのであるから、本件裁決手続は違法であり、右手続でなされた裁決も違法であると主張する。

原告が昭和四八年三月七日本件各更正の理由となった事実を証する書類その他の物件の閲覧を請求したこと、担当審判官は被告審判所長主張の書類を閲覧させたが、その余の所得調査書類の閲覧を拒否したことは、いずれも当事者間に争いがない。右原告主張が理由がないことは三2(一)に説示したとおりであるが、さらに敷衍すると、次のとおりである。

証人岡庭安彦の証言によれば、所得調査書の内容には第三者の利益を害するおそれのある部分(原告の所得を推計するためになされた同業者の営業内容の調査結果に関する事項等)税務行政の機密に触れる部分(税務調査技術に関する事項等)が含まれていたこと、そこで、被告審判所長はそれらの部分を除外し、他の部分を抽出要約した所得調査書等要約書を作成し、これを原告に閲覧させたこと、そして右要約書には少なくとも原告が裁決手続において間接反証を提出するについてもまた支障のない程度に本件各更正の理由が特定され、かつ、具体的に記載したことがそれぞれ認められ、しかも右のように原処分庁から提出された書類に第三者の利益を害するおそれがあり、また、閲覧請求を拒否すべき正当な理由が含まれている本件において裁決庁の担当審判官が、その余の部分の閲覧に代えて、右のような要約書を作成してこれを閲覧させたことによってもなお、審査請求人の防禦権は実質的に保障されているものと解することができるのであるから、右のような担当審判官の措置をもって、本件裁決を違法ならしめる手続上の瑕疵ということはできない。

したがって、原告の前記主張は採用できない。

七  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高木積夫 裁判官 小林敬子 裁判官 坂部利夫)

別表一 昭和四五年分

〈省略〉

別表二 昭和四六年分

〈省略〉

別表三 昭和45年分所得計算表

〈省略〉

別表四 昭和46年分所得計算表

〈省略〉

別表五 総収入金(売上金)差額表

昭和45年分

〈省略〉

昭和46年分

〈省略〉

別表六 一般経費

〈省略〉

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